サイキック

 透視や予知、チャネリングなどのいわゆるサイキック能力を生まれ持った人は、多かれ少なかれ「普通の人」のふりをしなければならない場面を経験しているだろう。私の場合、サイキックの力を発揮することよりも、おさえる方により多くのエネルギーを使っているように思う。「ココより先には使っちゃダメ」という境界線を引いて力を注意深く制御している。怖がられたり、ねたまれたり、攻撃されたり、あるいは利用されたりせず、社会に適応して生きていくにはその方が安全なのだ。

 

 ひとつ目の境界線は自分に対するもの。私は我欲のために力を使わないよう線引きしている。ちょっとしたお楽しみ程度は良しとするが、人生の運行に変更を生じるような、例えば一攫千金で大儲けをしようとするようなことには力が発動しないよう設定している。せいぜい食玩で欲しいフィギアを透視して買う程度のもの。一度、メーテルのフィギアが欲しくて、透視して髪の長い女性の入ってる箱を選んで買ったら、エメラルダスのフィギアが入っていてがっかりしたことがあった。エメラルダスはメーテルの双子の姉妹なので、顔の傷と服装以外はそっくりなのだ。

 

 ふたつ目の境界線は他者に対するもの。これは他者のプライバシーを侵害しないための配慮だ。心理学でよくいわれる「ジョハリの窓」には、open self(他者にも自分にも公開している自分)、hidden self(隠している自分)、blind self(他者には見えているが自身は気づいていない自分)、unknown self(誰も知らない自分) の4つがあるが、ご本人が知られたくない部分にずけずけ踏み込んで勝手に視てしまうのは感心しない。基本的にはクライアントさんが現在取り組んでおられる問題の解決に必要なことだけにアクセスを制限している。ただ、ご本人が非常に強い想いを抱いて放っているものは、こちら側がいくら視ないようにしていても勝手に跳びこんでくる。こういう時はご本人が言葉を使って話したことに合わせて話をしないといけないのでややこしい。キャッチしてしまった方のことをうっかり口にしたりすると逆上されて面倒なことになる。

 

 セッションでは最初に足首のあたりに手を触れて全身を透視することが多いのだが、症状の原因となっている身体部分や、問題にかかわる出来事をビジョンで視せられることがある。生きてうごめく臓器が生々しく視えたりするとなかなかグロいのだが、あくまでも問題解決に必要のあるものだけという設定にしているので、こちらが見たいと思ったものを意図的に見られるわけではない。この時、高次の存在から言葉で指示や解説が入る場合もある。例えば、頸椎の一部に黒っぽい影が視えると同時に「頸椎3番の左側に問題がある」と聞こえる感じだ。ワーク後の日常生活で改善すべき点を指摘されることも多い。例えば、骨格のバランスを整えたところで、靴を変えるよう指示が出されたりする。バランスの崩れた身体に合わせてすり減った靴を履き続けたら、靴のせいで元のバランスが再現されてしまうからだ。クライアント本人にだけ響く言葉が伝えられることもある。私には何のことだかサッパリわからなくても、ご本人にとっては人生を変えるほどの一言だったりする。このような設定にしているため、特に必要がない場合は、何も視せてもらえないし、教えてもらえない。ただ、何事もないセッションがしばらく続いた後にドカンと大きな変化が起こることも多いのだが。

 

 クライアントのエネルギーとは異質な外部から入り込んだエネルギー、すなわち生霊や動物霊、妖怪などがくっついていた場合は、即座に外すようにしている。そういうのはダニのようなもので悪さしかしない。生命エネルギーを吸われて勝手に使われてしまうし、ネガティブなエネルギーを送られたり、うっかりすると操られてしまったりする。

 

 他者から言われた言葉が言霊となって貼りついている場合は、ご本人が過去に何らかの必要性を持ってとどめたものなので、勝手に外すと傷になる。この場合は、クライアントと相談の上、丁寧に外す。そして、外した後にご本人が望む新しいエネルギーを入れることが望ましい。前に余所でそういうものを解消してきたばかりのクライアントさんを診たことがあったが、引きちぎるようにはがされた痕がサトルボディに残っていて痛々しかった。なんとも乱暴なことをするものだと驚いたが、サトルボディへの感受性が低いセラピストにはそんなことはわからないのだからしょうがない。

Shima * チャネリング * 21:00 * - * - * pookmark

つながり方

ここのところお互い忙しくて連絡が取れなかったのだが、久しぶりにCちゃんから電話があって、根源なる知恵とのつながり方の話になった。アメリカンインディアンで産まれつき全盲のノーアイズさんは、大きなスクリーンにメインの情報、周りの小さなモニターに関連情報が映し出される感じで、映像ではっきり視えるそうだ。その視え方はCちゃんの息子さんのと同じだという。Cちゃんや私の視え方とは明らかに違う。「金星の方から来たから、そういうやり方なんじゃないの?」なんて言いながら、Cちゃんにヒプノに入ってもらって確かめることにした。そしたら・・・・やっぱり金星だった。

人はそれぞれ肉体の体を持って生まれる時に、星からのエッセンスを受ける。金星からのエッセンスを受けると、第6のチャクラ(額)でノーアイズさん達のような視え方になる。水星のエッセンスを受けると第5チャクラ(のど・鼻)、地球なら第4チャクラ(胸)、木星なら第3チャクラ(みぞおち)、火星・土星ならさらに下のチャクラになる。

Cちゃんは地球と金星、私は水星・金星のエッセンスを受けているらしい。自分が生まれつきもらっているエッセンスとフィットしたチャクラを使って視るのが楽なのだが、「眉間のチャクラを使うとハッキリ視えるらしい」などの左脳的な情報に従って、無理に別のチャクラを使ったやり方をすると、負担が大きくなる。

仏陀がどんな方法で視ていたか試してみた。すると仏陀はワンネスになっているので、どのチャクラも使っていない。すべてと一体化してつながっているから、チャクラを使って視る必要性がない。チャクラを使って視るのは、他のチャクラをオフにして、ひとつのチャクラだけに特化して視る感じなのだという。チャクラというのはそもそも肉体を保持したいという欲のために在るらしい。仏陀は既にそこを超越している。Cちゃんは仏陀のやり方が一番楽に感じられるそうだ。

それからキリストを試してみた。キリストの場合は「父と子」で、神である父もキリスト、子であるキリストもキリスト、ふたつのキリストがつながった状態でいるという。天上界の神のキリストと、地上界の肉体のキリストがヒモでつながった状態で生きている。こっちは私の感覚に近い。肉体を持っていろんな感情に翻弄されながら生きる私と、その私を通して世界を観察している神なる私が一緒にいて、肉体の私が質問を投げかけると、神なる私が答えをくれる感じだ。

普段の言動では、Cちゃんがキリスト寄りで、私が仏陀寄りなのだけど、実際には逆だったのねぇ。「それじゃ、ふたりそろったら仏陀とキリストが一緒にいるようなもんなのね〜」と言ったら、「それって『聖☆おにいさん』じゃん(笑)」とCちゃん。いいな、それ。
Shima * チャネリング * 18:12 * - * - * pookmark

内チャネルと外チャネル

「チャネリングってどんな風に視えるの?」と聞かれたら、「人によって違うと思うけど、私の場合は、ドラえもんを思い浮かべて〜って言われた時に頭の中に絵が思い浮かぶ、あの感じだよ」と答えることにしております。共感覚で遺伝的に視えるタイプの人はもっとリアルにそこに実体があるように視えるようです。私の場合は母方がハッキリクッキリ見える家系ですが、父方はそういうのがなく、視る遺伝子的にはハーフなので、脳裏に浮かぶ感じなのではなかろうかと。もっとも、表層意識がすっぽり寝ちゃってる時はリアルにハッキリ見えるので、意識が見ないように小細工している可能性はあります。昔「♪人の心がわからないのと、わかりすぎてしまうのと、どちらが幸せ?」という歌がありましたが、本人の表層意識に上がっていないことまで拾って、うっかり口に出そうものなら、大変な剣幕で怒られます。(「怒る」という反応が起こるのは図星だからなんですけどね。)私はトラブルを避けるためにも、こちらから視に行くというということはしません。ただ、相手が強く放っているものはどうしてもキャッチしてしまう。子供の頃に大変つらい目に遭った人などは、本人は明るくしていても、子供の姿で泣いているのが視えたりします。そういうわけで、「勝手に視てはいけない」という気持ちから、ハッキリ見ないようにしてる可能性アリアリです。

私が守護とつながりやすいのは、セラピスト仕事以外では、寝入りばな、寝起き、電車に乗ってる時、台所で洗い物をしてる時、お風呂で湯につかっている時、掃除機をかけている時など・・・ようするにボーッとしてる時です。脳波でいうとシータ波あたりでしょう。表層意識が働きをやめて隙ができた時に「今がチャーンス!」とばかりに話しかけてくるようです。私は視覚がメインで、プラスで聴覚というタイプなので、絵が浮かんで、それが言葉に変換されて聞こえる場合が多いです。最初から最後までがんがんしゃべっていく守護さんもいますが〜。向こうから送られたものをキャッチしているだけなので、姿がどうだったとかは伝わってこない限りこっちから確認したりはしません。外国語の単語が混ざってる場合もあります。

キャッチするのはエネルギーなので、私の中のイメージを使って姿が描かれます。ザルのような笠をかぶったお坊さんをチラチラ視えたことがあって、誰なんだろうと思っていたら、その2〜3日後に遊びに来たCちゃんの守護でした。確認すると細面で色白で小柄、服装から持物・年齢まで、この時はCちゃんが視ているのとまったく同じ姿を視ていました。しかし、もともと持っているイメージが違うと、同じ存在でも違った姿に視えることがあります。欧米人チャネラーには黒い羽の天使に視える存在が、日本人チャネラーにはカラス天狗に視えたりします。

チャネラーの方はよく「メールで霊視」みたいなのをやっていますが、まさに行間からにじみ出てくるエネルギーで情報をキャッチすることがあります。「わかりました、もう大丈夫です」と書いてあるのに、どす黒い冷たいエネルギーが流れ出していたり・・・こういう時は、下手に指摘すると逆鱗に触れるので、返答に困ります。

チャネリングは選ばれた特別な人や特殊な修行をした人にのみできるものではありません。チャネリングというツールを持っていることと、本人の精神レベル・意識レベルとは無関係です。(高次の存在とつながるとか、受け取ったメッセージを変質させないという点になれば話は別ですが。)後天的にチャネリングができるようになった人は「ああ、この感覚だったら昔からあったわ」と言います。意識を向けて信じるということをしていないだけで、誰にでもある直感的な能力です。第6感という言葉が良く使われますが、それは6本目の指ではなく、5本の指(5感)の感覚を統合した感覚とでもいうようなものです。誰でも「なんとなくイヤな感じがするんだよなぁ」というような感覚はあるものです。漠然とキャッチしているそういったエネルギーを脳の視覚や聴覚のような自分にわかりやすい部分で処理させるだけのことです。意識から「感じられるはずがない」という思い込みを外し、ちょっとしたコツをつかめば誰にでも使えるようになります。

自分の外側にあるのは外宇宙、自分の中側にあるのは内宇宙。私の感覚では、チャネリングの時、外宇宙から情報を拾う外チャネルと、内宇宙から汲み出して来る内チャネルがあると思います。外チャネルの場合は、自分の体の外にあるエネルギーをキャッチする感じ。内チャネルは自分の奥底に問いを投げかけて、答えを汲み上げる感じ。外チャネルはどちらかというと地上世界での生活を向上させる為の智恵だったり、外の状況を良く知る為の情報を得るのに便利。内チャネルはいわゆるSomething Great=万物の根源にアクセスして得られる智恵や情報で、魂の指し示す羅針盤とでも言うべきものです。

みずがめ座の時代に入って、チャネラーの役割も変わりました。釣った魚を与える時代から、魚の釣り方を与える時代へと変化しています。答えを人に与えるのではなく、答えをどうやって探し出したらよいのか教えること。答えを教えてくれるチャネラーが居る限り、人は自分で答えを探そうとはしません。意識は外向きのままで、決して内側に向きません。人生の選択をチャネラーにまかせっきりにしたら、自分の人生を生きていることになりません。答えは自分で探さねばなりません。全ての答えは自分の中にあるのです。人は外からの情報や知識・経験を左脳的に集積し、何かの問いが浮上した時、まずそこから答えを得ようとします。しかし、そこから引き出される地上界の智恵は普遍のものではありません。また、地上界に、人類にまだもたらされていない智恵はそこにはありません。答えを外に探す魚座の時代は終わったのです。チャネラーも安易に答えだけを与えるやり方は見直さないといけません。そうでなければ、クライアントが内観し内宇宙の叡智とつながる機会を奪うことになってしまいます。

ある方の守護様によると、Something Great=宇宙のすべてを包括する巨大で複雑なシステムにアクセスするには「愛・平和・静けさ・心を開くこと」の4つがそろわねばならないそうです。その4つがそろったところで、自分の中心に問いを投げかける。「全ての答えは自分の中にある」というのは、自分の中のSomething Greatにアクセスし、答えを引き出しなさいという意味です。

先日クイズ番組を観ていたらこんなことがありました。出題されたのは、アフリカの国の名前「加納」を何と読むかという問題。「国名?これは知らないな」と左脳がサジを投げ、右脳にバトンタッチしたところ、アフリカの大陸全体の地図が思い浮かび、その国のだいたいの位置の部分が赤く見えて、カカオが採れる場所だというのがなんとなく伝わってきました。その国の位置にズームインしていくと、カカオの絵が書かれたGhanaチョコの赤い箱が見えてきました。それで「ガーナかも〜」と言っていたら、やっぱり正解はガーナでした。

この例はSomething Greatの智恵という程のものではありませんが、雰囲気としてはこんな感じというのがわかりやすいのではないでしょうか。左脳が「いくら考えたってワカンナイものはワカンナイ」とお手上げになれば、表層意識のザワザワは鎮まります。そこでバカになりきって「教えてチョーダイ!」と自分の中の叡智に問いかける。そして子供のような素直さで、答えが返ってくるのをだまって静かに待つ。左脳を「空っぽ」にして、大いなる叡智の答えで埋めてもらう、それが内チャネルのコツではなかろうかと。
Shima * チャネリング * 17:49 * - * - * pookmark

それって視力?

すごい霊視力の持主でもあるCちゃん、視力検査では毎度裸眼で両目とも1.5〜2.0とのこと。ところが、実は1.0まではちゃんと見えていて自信を持って「右!」とか「上!」とか答えているが、それより先は○にしか見えてなくて「左?」「下?」と適当に言ってるのだが、当っているのだという。それって肉体的な視力じゃないじゃん。両目ふさいでも視えてるじゃん。第3の目の視力はかってどうする!(笑)

・・・とかいいつつ、
この間、大学の出願に使う健康診断書を書いてもらう為にクリニックに行ったのだが、視力測定の段になって、うっかり普段使いのパソコン用メガネしか持たずに来たことに気がついた。パソコン用メガネは目が疲れないよう視力0.6くらいに調整してある。「やばいな〜」と思いつつ、見えないレベルのところは勘で適当に答えてたら、左目1.2、右目0.9。
(↑良心の呵責でこんくらいで止めた奥ゆかしいワタクシ)

まあ、第3の目の眼力も視力のうちってことで。普通の人が肉眼で見えないとこまで視えてますから、ダイジョウブ、ダイジョウブ。ヾ(-_-;)コラコラ
Shima * チャネリング * 06:55 * - * - * pookmark

インターネット

おととい、寝起きにアクセスしてきた存在が、自分は某宗教で救世主と呼ばれた方だという。それにしちゃ、エネルギーが人間くさくて、ちっとも神々しさがない。ホンマカイナ〜と話半分に聞いてたんだけど、内容を要約すると以下の通り。

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私は文盲だったので、私が授かった智恵を自分の手で書き残すことができなかった。
弟子達が書きとめたものが残ったが、それも書いた人の解釈によって微妙に意味がずれていた。
さらに権力を得んとする者によって、彼らにとって都合の悪い部分が削られたり、書き換えられたりしたので、私の伝えんとしていたことがねじまがってしまった。
私は自分がただの人間であるということを常に大事にしてきた。
ただの人間であるひとりひとりが、みな神と等しいということを示したかったから。
誰もが私と同じようになれるということを伝えたかったから。
なんで今、人は、私に向かって、罪を許してくれとか、何かをなんとかしてくれとか祈るようなことになっているのか! 
確かに「私は神と等しい」と言ったが、それは誰もが本当は神と等しい存在だということを示したかったのだ。
人は自分の内なる神に祈るべきだ。私に向かって祈られても困る。
中世、私は間違いを正してもらおうと、聞く耳を持つ聖職者たちの元を訪れ真理を説いた。
ある聖職者はそのことを公言したせいで異端とされ、処罰されてしまった。
ある聖職者は異端とされるのを恐れ、生涯口をつぐんだ。
今は、インターネットというものを使って、一瞬にして世界中に自分の智恵を発信することができて、すばらしい。


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仲良しの魔女、千里さんにこの話をしたら、彼女も同日に守護から「インターネットで世界に智恵を配信するのは、昔なら地上で神と呼ばれるような人がやっていたことだ」という話をされたとのこと。リンクしてるなぁ。
Shima * チャネリング * 22:42 * comments(0) * - * pookmark

チャネラー

チャネリング・霊視ができるといった不思議な力を持っている人が皆、精神的レベルが高くピュアであるとは限らない。そういう力を持っていて、なおかつ自分を癒せないせいで、エゴに傾いている人というのは大変危険だ。

チャネリングの力というのは、いわば鏡のように相手を映すもの。くもった鏡・ゆがんだ鏡・全体が見られない鏡に映ったものを語られては、かえって混乱する。自分という鏡を真摯に見つめ、くもりや汚れ・ゆがみがないかチェックする、もっと広い視野をもって眺められるよう自己を拡大するよう努力する、そういう気持ちを常に持っているチャネラーを選ぶことだ。

チャネリングといっても、セラピストによって視点を置く部分が皆違う。同じ絵を見ても、人によって着目点が違うのと同じことだ。猫が好きな人なら、絵の隅っこに描かれた猫に目がいくだろう。描かれた人物の着ている衣装が気になる人もいれば、草花の美しさに感嘆する人もいる。額縁の立派さとか、その絵の値札にしか目がいかない人もいる。見る人がどういう生き方をして、どういうことに興味を持っているかによって、見るところが変わってくる。話を聞くなら、一歩下がって絵の全体をながめ、時間と空間を越えて絵が訴えかけているものを語ってくれるような人から話を聞きたいものだ。

人にはたくさんの守護霊・スピリチュアルガイド・精霊・妖精・天使・神・ハイヤーセルフなどの存在がついてる。意識している・していないにかかわらず、その人の放つエネルギーに同調する存在が側に寄り添い、人生をサポートする。

あまりに低いレベルの守護霊は、一般に悪霊と呼ばれる。恨みや復讐心・怒り等を抱いていれば、そういう存在がひかれてやってくる。何でも悪霊のせいにしてしまう人がいるがそれは間違っている。悪霊をひきよせているのは自分自身だし、悪霊は自分の抱いているものを拡大させているに過ぎない。自分の責任を回避する為、悪霊のせいにしているだけだ。悪霊が主導権を握ることに対して、本人がOKを出さなかったら、あやつられることなどありえない。

先祖霊の中にもうっかりすると人の幸せを妨害するものがいる。例えば、倹約を良しとする先祖霊がついていたとする。その霊が「絶対に贅沢をしてはいけない」と常にささやきかけていたら、みみっちい生活しかできなくなる。豊かで楽しい人生を歩む方向に進もうとすれば、邪魔をされる。先祖が生きた時代の人間的価値観にもとづいて形成されたやり方が、今の時代にも適切であるとは限らない。「目上の者に服従しろ」「他人の為に生きろ」「男らしく勇敢に戦え」「女性らしく家族の為につくせ」・・・自分本来の姿、ありのままの自分であることを否定するようなことを指導する先祖霊もいる。そういう場合は、スルーして良い。守護霊が言ったことだからといって、盲目的に従う必要などない。人生の決定権は常に自分にある。

倹約をすることは今の時代においても悪いことではない。しかし、肉体を持っている時にしか味わえない喜びを体験するということも、人生においての大事な目的のひとつだ。高次の導き手は、より楽しく豊かに苦労せず生きる方法をささやきかける。その人の過去から未来までを見通し、最良の方法を教える。

エネルギーレベルの低いチャネラーは、エネルギーレベルの低い存在とコンタクトする。エネルギーレベルの高いチャネラーは、エネルギーレベルの高い存在とコンタクトする。波動レベルが合わなければつながれないからだ。話を聞く前に、そのチャネラーのひととなりを観察し、視点を知っておく方ことをお勧めする。
Shima * チャネリング * 19:24 * comments(0) * - * pookmark
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