責任感

中学生の子供を持つ友人から電話があって、将来の進路について話す時、いつも子供を傷つけるようなことを言ってしまうので悩んでいると言う。問題があるのは自分の方だとわかっているんだけど、どうもおかしなことになってしまうとのこと。それで、電話ヒプノをしてみることにした。
(以下、本人の許可を得てここでシェアさせてもらってます)

ヒプノで意識の深い所に下りて、彼女の「母性」を象徴する副人格に会って話を聞いてみた。その副人格は石のような女性の姿をして、子供に張り付き、誰かれかまわず「アンタのせいよ!」と叫びまくっている。事情をたずねると、子供に自分の領域を荒らされたくないという。自分の人生を子育てだけで終わらせたくない、自分に迷惑をかけないで育って欲しい、子供を自由にさせると何をやらかすかわからないから「将来は何になりたいの?」ときくことで、変なことをしないように常に確かめているという。

さらにそう考える理由を探ると、彼女には自分を責めることがないのだという。すべてを自分の問題としてみておらず、反省をしていない。そして相手ばかりを責める。その根本的な性格が変わらない限り、解決しないという。

すべてが相手のせいという思うようになった原因に移動してみると、幼少期が出てきた。親からも周囲の子供からも、いくつになっても赤ちゃん扱いされて、自分で考える気持ちが芽生えない。誰かがなんとかしてくれるだろうと思っていて、責任感というものがまるでない。自分の中に問題があるなどとは考えない。その年齢にあった責任感を持たされるべきだったのに、そんな機会がなかった。中学生の頃、先生が自分に対して対等な人間としてしかってくれた時も、「この先生は私のことが嫌いなんだ」と思ってしまった。今の今まで、自分の責任というものを持っていなくて空っぽだったという。

守護を呼んで、どうすれば責任感を得られるかときくと、副人格を赤ちゃんの状態に戻し、対等な大人のレディに接するのと同じ態度で、大人まで育てなおすプロセスに入った。副人格が大人に育ったところで、子供に対する気持ちをたずねると「子供は赤ちゃんでもないし、自分に害を加える存在でもなく、自分と一体化していたのが分離して別々の存在になった」という。

そこで、今までの人生で「すべて相手の責任と思っていた」為に抱えていた相手を許せない気持ちを解放してもらうと、いくつかの出来事が解放されていき、変化が訪れた。どんなに悪いことを経験したとしても、100%自分に責任がある。100%相手が悪いわけでも、50%:50%お互いに悪いのでもなく、ぜんぶ自分が悪い。なぜなら、自分がそれを選択して経験しに行ったことだから。むしろ、経験をさせてもらったことに対して感謝をしたいくらいだという。

幼児期にかわいがられないと、信頼感とか、安心感が育たなくて後々問題が出てくるけど、子供をかわいがりすぎていつまでも赤ちゃん扱いするのも、責任感の芽を摘んでしまうんだなぁ。


Shima * 心理 * 20:02 * - * - * pookmark

視点

今日、東京未来大学の合格通知を受け取りました。入学手続きをしたら、これで晴れて春から大学生です♪(←先着順で合格だけどね) これから4年間、中間試験と単位取得試験が2週間おき+スクーリングがあるので、セラピスト仕事は月に2〜3回になるかと思いますが、これからも出来る範囲でセッションを続けていくつもりです。

習い事はいつも私に新しい視点を与えてくれます。同じものを見ても、見る角度が違うと全然違ったものに見えます。同じクライアントに会っても、ヒプノセラピストとクラニオバイオセラピストとチャネラーとアロマテラピストでは、まったく違うものを感じ取り、それぞれに違う部分を解放し、癒すでしょう。潜在意識、エネルギーのリズム、霊的な影響、リンパの流れ・・・・・着目し、アプローチするレイヤーがそれぞれに違います。「この手法で心身の問題のすべてを解放できる」と豪語するセラピストもいますが、今のところ私が体験した中で、心も体もすべて一点の曇りもなく晴れ渡った青空のようにすっぱりクリアにしてくれるものはありませんでした。私の観察したところでは、そう言っているセラピスト自身、そうなっていません。自分が視点を置く範囲をながめたときに問題が消え去っているから、「すべてOK」と言ってしまうのでしょう。別の視点・角度から見ると、まだまだ問題があったりします。「私はここの専門化だから、ここの部分だけを完全に見ます」と言うセラピストの方がよほど誠実で信用できます。それでも、私は特定の視野で一部分だけに集中して見るのではなく、あらゆる方向から観察して見たいと思っています。

人が抱える生きづらさの根底には他人を許せなかったり、自分を許せなかったりする思いがあって、さらにそれが出来上がった元を探ると子供の頃の出来事に行きあたる場合が多いです。特に親との関係。無意識レベルに強烈に刻み込まれた傷や、心に刺さったトゲ。大学のこども心理学科で学ぼうと決めたのは、そういう方面での視点・ものの見方を得る為です。心理学的裏打ちを得ることで、さらに深みのあるセッションができるようになると思います。皆様、今後ともよろしう!
Shima * 心理 * 12:16 * - * - * pookmark

傷つきやすい子供たち

自己価値感に関する3冊の本を読んだ。

「なぜ自信が持てないのか」根本橘夫 PHP新書 @720円
「毒になる親」スーザン・フォワード 講談社+α文庫 @780円
「人間はそこに存在すること自体に無限の価値がある」木村隆介 郁朋社 @1050円

ヒプノセラピーのセミナーで「子供は常に催眠中のような状態にあって、周囲の大人の不用意な言動が暗示として入り込んで定着してしまう」ということを習った。実際のヒプノセッションでも、大人のちょっとした言動が子供を傷つけ、その時の思い込みが大人になっても影響し続けていることを実感している。しかし、本に書かれていることを読むと、どれほど子供が繊細で傷つきやすいかに驚かされる。保育園のお迎えに行ったお母さんがため息ひとつついただけで、子供は「僕はいけない子供なんだ」という思いに縛られることがあるという。

Cちゃんと電話で話した時、
「子供をまったく傷つけずに育てられる親なんていないと思うよ」
と言ったら、
「子供を傷つける人だから、子供を産んで育てさせられるんだよ。子供を傷つけなくなった人は、子供を産んで学ぶ必要がないから、子供を産まない。傷つける人だから、子を産んで、子育てを体験して、その中で学んで気付いて、親や先祖から引き継がれてきた子供を傷つける連鎖を自分の代で断ち切らなくちゃいけない。自分を傷つけた親をちゃんと許して、自分は子供を傷つけない。それができたら、もう子供を産む必要がなくなるんだよ。私はまだ未熟者だから、子供を産んで学んでいるところだけどね。子供の居ない人は進化してる。それで最近、子供の居ない人が増えてきてるんだよ」
とのこと。
うーん、そうなのか〜。だったら、子供のことで悩む親が本当にするべきことは、「子供をどうするか」ではなく「自分をどうするか」だわねぇ。

もうひとつ。昔読んだ「猫の育て方」の本に「哺乳類は皮膚刺激がないと、どんなに栄養状態が良くてもうまく育たない。だからなでなでしたり、ブラッシングをしたりしてスキンシップを欠かさないように」と書かれていたけど、人間も哺乳類だから、小さい頃から親から愛のこもったスキンシップ、肌のぬくもりを充分に感じることが必要だ。愛あるスキンシップは「安心」とつながっている(→安全基地)。どのくらいで充分かというのは、その子供によって違うらしい。充分なスキンシップがなかった人は、そこが満たされるまで肌のぬくもりを追い求めるようになる。Cちゃんによると、スキンシップが満たされないうちは、体は大人になっても中身は母にまとわりつく赤ちゃんのまま。満たされて、母のそばを離れて冒険できるようになって、初めて外に目が向いて、本当の恋愛ができるようになるのだという。親から満たされるべきだったスキンシップが足りないままだと、相手を親代わりにしてしまい、本当の男女の愛にならないんだと。なるほど〜。本を読んでいる時に、守護が「スキンシップが大事!」と言ってたけど、そういうのがあるのね。お猿さんが毛づくろいしあうように、人間にもスキンシップは大事。日本人はあんまりハグとかする習慣がないから、意識的にスキンシップを増やすように心がけた方がいいのかも。たまには愛のあるセラピストからアロマトリートメント等を受けて、温もりのあるやさしい手の気持ちよさを堪能するのもいいだろう。久しぶりに、気持ちい〜いアロマトリートメントとか受けた〜い。
Shima * 心理 * 12:37 * - * - * pookmark

安全基地

来春から東京未来大学の通信制「こども心理学科」に入学しようと思う。
認定心理士などの資格がとれて入学金3万円、年間授業料15万円ポッキリ。
http://www.tokyomirai.ac.jp/corres/
昨日、オープンキャンパスで模擬授業が受けられるというので行ってみた。
今回のテーマは「母子の心理的絆 幼い子がお母さんの後を追いかけるのはなぜ?」で愛着(Attachment)についての講義だった。

愛着とは「子供と最も身近な養育者との間に育まれる強い精神的な絆のこと。愛着は精神的な安心感の基礎となる。精神的な安心感から「基本的信頼」が形成され、それは後に社会性・自立につながる。子供は1歳を過ぎた頃から、母(専任の養育者)を「安全基地」として探索行動を始め、世界を広げる。危なくなったら母の元に戻れば大丈夫、いざとなったら助けてもらえる、安全基地に戻れば抱きしめてもらえるという安心感を抱きながら、小さな冒険・試行錯誤を繰り返し、自立していく。

愛着がうまく育つ為の要件
 A)専任の養育者の温かく応答的なケア
 B)スキンシップ

「専任の」と書かれているのは、養育者は子供が人を見分けられる生後3ヶ月を過ぎたら、基本的に同じ人であるべきだからだそうだ。養育者がしょっちゅう代わると、子供は「安全基地」を定めることができなくなってしまう。孫がかわいくてしようがない祖母などには気をつけないと、子供が混乱する可能性がある。都合がつかないときにサブの養育者がサポートするのはかまわないが、基本的にはひとりの人が専任で受け持つのが良いという。ちなみに、1歳以下の子供の認知力では、視界からいなくなった人は世界から消えてしまったと思われるそうだ。「今はいないけど、また戻ってくる」とわかるようになるのは1〜3歳の間らしい。
「応答的」というのは「お腹がすいたよ」とか「オムツが濡れて気持ち悪いよ」と泣いたときに、ちゃんと自分の欲求を満たしてもらえること。ここで無視されたり、拒絶されたと感じることがあると、愛着の感覚は断絶されてしまう。
「スキンシップ」の必要性は動物実験でも確認されているそうだ。ふわふわしてやわらかくて温かくて抱きしめられるものが良いらしい。

1〜2歳の子供の愛着を測定するストレンジシチュエーション法という母子分離実験の様子を動画で見せてもらった。部屋に子供とオモチャ、お母さんと子供の知らない女の人を配置して、お母さんが部屋の外に出たり戻ったり、子供の知らない人が外に出たり戻ったりして、子供の様子を観察するもの。観察の観点は「子供が新しい環境の探索をどう行うか? 母子分離時の反応はどうか? 母子再会時の反応はどうか?」
そして、愛着のタイプは3つに分類される。

1)安心型(6〜7割の子供はこの反応を示す)
  母と離れると不安 戻るとうれしそう
2)不安定で回避型
  母を避ける・無視する
3)不安定で抵抗型
  母と離れることには抵抗するが、再会時に攻撃的反応

追跡調査をしたところ、安心型の子供は、
 幼稚園・小学校で自立的で人気が高い
 小学校に入った時、他の人からうまく援助を得られる、複数の親友を得る
という結果が得られたという。

ピラミッドのように積み上げられていく人生の土台がこのように形成されるということを知ると、母という存在の責任の重大さがわかる。基本的信頼を形成できず、社会性・自立に問題を抱えて育ってしまった3〜4割の不安定な人はどうしたら良いのだろう?自身で安全基地を作るところから始めるのだろうか?
Shima * 心理 * 07:50 * comments(0) * - * pookmark
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