Body領域の実践

 インテグラル理論では、意識の成長においてBody・Mind・Spirit・Shadowの各領域においてまんべんなく日常的に実践をするというIntegural Life Practice (ILP)が推奨されている。その時の自身の状態と環境といま取り組むべきテーマに合わせた実践を毎日毎日少しずつ積み重ねていく。それは鉢植えの植物を育てるようなイメージだ。毎日適切な量の水を与え、必要な手入れや世話をする。たまの休みにだけ水をドバドバかけて、思いついた時にだけ肥料をどっさりやったりしていたら、育つどころか枯れてしまう。

 

 危ないのは、自分の得意なことや好きなことばかりに偏った実践をして、本当に取り組まなければならないことに手をつけないケース。本人は充実した実践を続けているつもりでも、同じところを堂々めぐりしているだけだったりして、実にもったいない。時々専門家にチェックしてもらい、フィードバックを元に今の自分に必要な取り組みにアップデートすることが重要だ。

 

 Body領域の実践というと、筋トレしたり、ジョギングをしたり、ヨガをしたり、武道にチャレンジしたり、とにかく運動して体を鍛えればいいと思っている人が多いようだが、私は中枢神経系がゴキゲンで調子よく働いてくれる体を維持することが大事と考えている。中枢神経系は意識の座であり、ここがうまく働いてくれないことには、意識の成長などまったくもって望めない。縦方向の発達段階が上がると、意識の器が大きくなり、考慮に入れられる要素が増え、さまざまな視点を持って物事を吟味することができるようになる。これを脳の活動としてとらえた場合、感覚器から送られた大量の情報が、より広い脳領域で活発なニューロンの発火を起こし、統合的思考活動が行われるということだ。脳というのは大量にエネルギーを喰う臓器なので、省エネのため、使われない脳領域のニューロンは刈り込まれてしまう。もちろんある程度の年齢を過ぎたら、加齢によって減っていく分もある。いつも同じような思考パターンで生活をして、同じ脳領域しか使わなかったら、使える脳領域は拡張していかない。それでは意識の器を大きくできるはずがないだろう。

 

 ヒトの脳は、内側から順に脳幹(爬虫類脳)、大脳辺縁系(哺乳類脳)、大脳新皮質(霊長類脳)の3層になっている。内側に行くほど原始的で、外側に行くほど進化した脳といえる。脳幹は生命維持、大脳辺縁系は情動、大脳新皮質は思考を司る。いわゆる意識はほぼほぼ大脳新皮質の活動と言ってよいだろう。身体にとって何よりも優先されることは生命維持であるため、身体が何らかの危険を感知すると、より本能的な内側の脳が制御権を奪ってしまう。そうなると、意識によって自分の言動を選択・決定し、統制していくことができなくなる。

 

 注意しなければならないのは、大脳新皮質の部分で論理的に考えて危険と判断する事と、本能的な内側の脳が反応して危険と判断する事が、必ずしも同じでないということだ。例えば、子どもの頃に犬に噛まれた経験のあるマッチョな大男が、人なつこいかわいい子犬を怖がってフリーズしてしまうような場面。身体に刻まれたトラウマが危険信号を発するので、意識上で「危険性は低い」とわかっていても、身体が言うことをきいてくれない。暑さ、寒さ、空腹、におい、音、視覚的刺激などなど、身体が勝手に危険と判断して反応してしまうものはたくさんある。毎日たらふく食べていても、何かのひとつ栄養素に不足が生じていたら、身体は「飢餓で十分な栄養が得られない」と判断するかもしれない。きつい下着や靴を履いていると、身体は「拷問を受けている」と捉えるかもしれない。怪獣映画のCMを目にしただけで、身体は「恐ろしい怪獣がうろついている場所にいる」と思うかもしれない。

 

 大脳新皮質が制御権を握る、つまり、意識によるコントロールが可能な状態を維持するには、身体が危険と判断するようなストレスを極力減らす工夫が必要だ。自分の身体がどんな刺激に対して「危険」という判断を下しやすいか、自分の反応を日々観察しながら、自身についての取り扱い説明書を作っていく。そういうことをBody領域の実践としてやっている人をあまり見かけない。

 

 一番ややこしいのは、基本的信頼にかかる部分だ。基本的信頼は、自分の力だけで生きていくことができない乳幼児期に育まれる。周囲の人達が自分を受け入れ、抱きしめ、愛して、必要なすべてを与え、求めに応じてくれる安心感を体験をすることができれば、基本的信頼感が健全に形成される。それは、一生ものの「世界への信頼」や「自己肯定感」へとつながって、大人になっても「根拠のない大丈夫感」が持てるようになる。逆にうまくいかないと、世界は危険に満ちたものとなり、不信感は、成長・発達途上の原始的な脳に刻みつけられてしまう。そうして大人になっても「得体の知れない不安感」がいつも付きまとい、ちょっとしたことでも危険を感じて反応する体になる。言語は大脳新皮質の領域で用いられるものなので、言語を持たない乳幼児期に原始的な脳に焼きついたものにアプローチをかけるのは難しい。私がワークに取り入れているクラニオ・セイクラル・バイオダイナミクスなど、中枢神経系全体にアプローチできるボディワークで、自分の身体と対話してみるのもBody領域の実践として有効と思う。

Shima * 身体 * 18:12 * - * - * pookmark

自律神経

 先日、セラピストビレッジ主催の多重迷走神経理論(Polyvagal Theory)講座に行ってきた。自律神経とは脳神経系の迷走神経の機能のことで、活動を活発化させる交感神経と、鎮静化させる副交感神経がある。ここで肝といえるのは、交感神経は生まれつき働くが、副交感神経はヨシヨシしてあやしてもらって心地よさの中でやすらぐことを覚えて身につく機能だということだ。私が勤めているクリニックには自律神経の状態を測定する機械があって、1回2160円で交感神経と副交感神経のバランスや、ストレスの状態を数値でみることができるのだが、交感神経と副交感神経のふり幅がストレス耐性の強さとなる。つまり副交感神経のリラックス力を強化することで、ストレス耐性が強くなるということだ。
自律神経
 昔、ジャッキー・チェンの映画かなんかでカンフーの達人がリラックスしてかまえている時の方が相手からの攻撃に素早く反応できると言っていたが、リラックス力を高めることで視野や感受性を広くとることができて、パフォーマンスを高める効果も期待できる。ぼーっとしてる時、脳は普段の20倍働いているなんていう話もある。
 日本人はリラックスしているのを「怠けてる」とか「サボってる」とか「だらしない」とか、いけないことと捉える傾向が強い。最近、瞑想が流行しているが「怠けているんじゃありません、瞑想に取り組んでいるんです」という形にパッケージしなおすことで、大っぴらにリラックスできるというのがウケてる理由のようだ。ほとんどの日本人は子どもの頃から家でも学校でも、リラックスする時間を持つことができず、朝から晩まで追い立てられるように1日を過ごす。ゆっくり休めるのは布団に入ったときだけだ。そのため、副交感神経の機能が十分に働ける状態に育っておらず、結果的にストレス耐性が低くなってしまう。ちょっとしたことでキレたり、パニックしたり、真っ白になってしまったりする子どもが増えているが、一時もリラックスできない環境が背景にあるのではと疑ってしまう。
 ひところ、抱き癖がつくからという理由で、乳幼児が泣いても放っておくのを良しとする子育てが広まったことがあった。赤ちゃんは泣いても泣いてもあやしてもらえず、交感神経の興奮がどんどん高まっていく。そして最後には「もう、これ以上無理です」と神経の電気信号のブレーカーが落ちて気を失う。副交感神経がリラックスした状態で眠るのではなく、交感神経の興奮が最高潮に達してブツっと意識が途絶えるような眠り方を覚えてしまうと、大人になってもそのパターンを繰り返す。本を読んだり、DVDを観たり、チャットをしたり、ゲームをしたりして、興奮状態を強めて強めて寝落ちするのが当たり前の睡眠導入が当たり前になっている人が意外と多い。あるいはアルコールを使って強制的に神経系を麻痺させる手段にでる人も多い。休みの日は朝早くからでかけてめいっぱいレジャーを楽しみ、夜は疲れ果てて倒れるように眠るというのを理想的な休日の過ごし方と思っているファミリーもけっこう多いようだが、一日中家でごろごろして過ごすのも大事なことだという意識を持たないと、日本人のウツ人口はこれからどんどん増えていく気がする。

 ちなみに、ここのところ休むことの重要性に焦点が当たってたのはある人の影響だったことが判明。テレパス能力でそういうことを発信してたらしい。前々からただ者じゃないと思ってたけど、やっぱりばりばりのサイキックなのね。
Shima * 身体 * 17:28 * - * - * pookmark
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