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不安の効能

 何が怖いのか対象がはっきりしているものを恐怖、何を恐れているのかよくわからず漠然とした怖さを感じている場合を不安という。

 

 ヒトの子育ては本能よりも学習(座学だけでなく、観察や体験も含む)によって遂行される面が大きいが、動物界では子育ては基本的に遺伝子にプログラムされた本能によって営まれるようになっている。ところが、時々ものすごく子育てが下手な個体が発生するらしい。子育てが下手な母は子が安心して過ごせるような環境を提供しないため、子は不安が高く神経症的に育つ。そして、そのような環境で育った子は周囲の状況に対してとても用心深く、外界からの刺激に過敏に反応するため、能天気な個体がうっかり死んでしまうような場面に遭遇しても生きのびることができて、種としての生存確率が上がるのだそうだ。いま人類が暮らす世界では、本能で対処しても解決できないような思いがけない危機に見舞われることが多い。安定型の愛着を形成できない子育て下手の親が増え、神経症的な個体が増えてきているのは、ある意味必然なのかもしれない。

 

 活魚を移送するとき、同じ種類のものばかりを水槽に入れて運ぶと、何十匹も死んでしまうのだが、1〜2匹天敵を入れてやるとほとんど死ななくなるという話をきいたことがある。捕食されるのは数匹なので、天敵を入れておいた方が生存確率が上がる計算になるという。

 

 一昔前まで、ある国では羊を襲う狼が問題になっていた。しかし、狼が羊を狩ることで、実は自然な淘汰が行われ、強い羊だけが生き残って羊全体の健全度が保たれていたことがわかったそうだ。狼の脅威がなくなった現代、脆弱化する羊たちを人間が適切に管理しなくてはならなくなったらしい。

 

 ナショナル・ジオグラフィックにアマゾンの孤立部族の写真が紹介されていた。80〜100名程度の村は4年ごとに移動しているそうだが、共同住居の周りではトウモロコシやキャッサバ、バナナなどが栽培されており、充分な食糧が確保できているらしい。撮影のヘリコプターに向けてたくさんの矢を放ってきたというから、狩猟もしているのだろう。彼らは何万年も前と同じ生活をずっと営み続けている。これからも食糧資源が枯渇したり、病気が蔓延するような自体にならない限り、そのままの生活スタイルを続けていくだろう。

 

 鈴木規夫師匠の名言に「シーラカンスは困らなかったからシーラカンスのままだった」というのがある。「このままでは生きていけないかもしれない」という危機感・不安感は人を前に進ませ、成長・発達を促す原動力となる。

 

 加藤洋平氏が「卓越性研究の最前線」ゼミで「極めて高いクリエイティビティを示す人の中には、自身の中のシャドウに追い立てられ、鬼気迫る勢いで創作や探求に没頭することで高い創造性を発揮しているケースが少なからずあるようだ」と話していた。シャドウは意識によって封じ込められた心の暗黒面であり、通常シャドウが自分の中に存在することに気づくことはない。得体の知れない不穏なものが自分の中にあるのをうっすら感じているかもしれないが、意識に上げようとすると検閲がかかってまた闇の中へと押し戻されてしまう。確かに卓越したものを持ち、ヴィジョン・ロジックに足を突っ込んでいるような方達を眺めてみると、シャドウに追い立てられて生きてきたタイプが多いように思う。周りの人達に「もう充分じゃないか」といくら言われようと、自分の中の鬼に追い立てられて先へ先へと進まざるを得ない。どんなにすばらしいことを達成しようと、自身の作り出した無間地獄の中へと引き戻されていく。傍から見れば痛々しい人生だが、ずっとそうやって生きてきた人には、それが当たり前になっている。彼らの内面世界には、片時もやむことがない悲壮で美しく重厚な音楽が響き渡っているようだ。

 

 私が月2回コーチングを受けているチャド・スチュアート氏によるとシャドウはTrue self(真我)の傷つきによって生じるという。シャドウはサバイバルするための強力なDriverとして働くこともあるが、いくらもがいても傷は維持されつづけ、痛みはなくならない。シャドウに対する適切な介入がなされた時、やっと傷は癒され、シャドウのPolarity(極性)が転換して、闇が光に、黒いエネルギーが白いエネルギーに変わる。その人を半ば奴隷化していたDriverの力は、True selfからPullされる力に変わり、自分自身の中の神聖なるものに導かれるようになる。エロス(上昇)からアガペー(下降)への転換も起こる。

 

 発達段階によって自分の意識の中に含めておけるタイムラインが違う。目安として他者利用型段階(段階2)では1週間先位まで、神話的合理性段階(段階3)で1か月程度まで、前期合理性段階で1〜3か月、後期合理性段階(段階4)で3ヵ月〜1年とのこと。例えば、他者利用型段階では時間軸がごく短く、目先のことしか考えないため、美味しい話と思えば後先考えずすぐ喰らいつく。先々どうなっていくかなど考えないため、将来に対する不安がない。「今ここに集中して生きている」といえばカッコイイが、いきあたりばったりともいえる。小さい子どもが数をかぞえるとき「いっこ、にこ、さんこ、いっぱい」とかいって4個以上は全部同じになってしまうように、彼らにとって1週間以上先のことは5年先、10年先と同じぐらい先すぎて想像できない霞がかかった世界なのだ。「その頃にはいろいろ状況が変わっているだろうから、今から考えたってムダ」ということになる。彼らが失敗した時によく言うセリフは「そんなこと考えてもみなかった」で未来に対して徹底して無責任ともいえる。これに対して、意識段階が高く、何年も先まで意識の中に捉え続けられる人達は「数年先には何が起こっているかわからない。何が起こっても大丈夫なように今から十分な備えをしておかねば」と考え、その時々の変化を的確に捉えながらたゆまぬ努力を続ける。こういった人達は、先のことまで常に常に意識に含めて考えてしまうがゆえに、段階が低い人達よりも不安が高い。しかし、逆にいうと、不安がない人は未来について思いわずらわないし、考えて備えることもないということだ。神話的合理性段階の部下を持つ上司は、部下に不安を与え、タイムラインでもっと先々まで考えさせるような指示を与えることを忘れないようにしないと、いろいろやらかされる。

Shima * 意識 * 13:38 * - * - * pookmark
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