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重荷

 友達の結婚式などで何度も歌わされたのですっかり覚えてしまったのだけど、讃美歌で「いつくしみ深き友なるイエスは 罪・咎・憂いを取り去りたもう こころの嘆きを包まず述べて などかは降ろさぬ 負える重荷を」というのがある。この「重荷」について、先日、ある方の守護様が面白いことを言っていたのでシェアしておきたい。

 

 ボディワーカーの間では「こころの重荷をたくさん背負っている方は肩こりになる」と言われているが、守護様がおっしゃるには、この重荷というものは幻なのだそうだ。確かに物理的には何も背負ってないわけで、心理的に重圧を感じているだけなのだから、幻といえば幻なのだろう。守護様いわく、「人の重荷はイエス・キリストが代わりに背負うと誓ったのであるから、さっさと渡してしまって、こころ軽やかに淡々となすべきことをなし、気づくべきことに気づき、学ぶべきことを学んで成長しなさい。重荷の重圧で身動きできなくなるなんてことのないよう、伴に道を歩く神に荷物持ちをしてもらいなさい。」

 

 私の守護がいうには、個が幻の重荷に苦しむのは、全とのつながりが切れてしまっているからなのだそうだ。先述の守護様がいうとおり、自分が大いなるものとしっかりつながっていれば、どんなに大変なことが起こるとしても、それは自分が背負う重責にはならず、大いなるものが受け止めてくれる。重荷を感じている時は、個に偏っているから、全の方に振り子をふるよう意識すること。この世界で起こることはすべては大いなる宇宙の意志によって編み上げられるタペストリーのようなもので、どのような模様が紡ぎだされるかについて個人が思い悩んだり責任を感じる必要はない。

Shima * Life * 17:54 * - * - * pookmark
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