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目的と手段

 目的と手段を混同しないこと。

 

 十代の頃、国連英検A級の試験を受けたことがあった。筆記はパスしたが、面接で一度落ちた。国連英検A級の面接試験では、自分の専門分野について面接官に語る必要がある。すなわち、スキルとしての英語を使いこなす能力だけではなく、それを通じて自分が何を世界に発信したいのかを問われるのだ。その時、自分の中に語るべきものがないことにショックを受けると同時に、英語はひとつの手段であって、目的ではないことを思い知らされた。英語のスキルがどんなに上達したところで、中身が空っぽでは意味がない。大事なのは中身の方だ。

 

 新しいスキルを身に着けようとするとき、いったんはそのスキルを身に着けることが目的となるステージを通過する。しかし、そのまま手段を目的にすえてしまってはいけない。例えば、スポーツは心身の健康を維持し、よりよく生きるための手段のひとつである。ところが夢中になりすぎると、スポーツ自体が目的に替わってしまうことがある。そうなると、充分な休息をとらず、身体が壊れて動かなくなるまで酷使したり、精神のバランスを崩すほど強いストレス状態に身を置き続けて、一生消えないトラウマを背負いこんだりするようなことが起こる。心身の健康の維持が目的であれば、十分な休息をとるとか、栄養たっぷりの食事をとるとか、身体を冷やさないようケアするとか、健康増進のための他の手段にも目が行くが、スポーツ自体が目的になってしまうと他のことには目もくれなくなってしまう。

 

 勉強とか、お金とか、素敵な家とか・・・・本来は人生を深めてよりよく生きるための手段であったものが目的と化してしまって、人生を狂わせている例には枚挙にいとまがない。もっと言えば、「悟り」すらも、手段でしかない。手段を目的にすえて生きると、本末転倒になってしまう。

Shima * Life * 16:18 * - * - * pookmark
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