道具

 高校卒業後、上京して大学の英米文学科に入った。3年生の頃、国連英検A級を受験したが、面接で落とされた。今はどうか知らないが、当時、国連英検A級では英語で自分の専門分野について説明し、意見を交換する能力があるかどうかが問われた。そこで気づかされたのは、英語は道具でしかなくて、語るべき中身がなければ何もならないということだった。美術学校に行って様々なテクニックを習って身に着けたら誰でもすばらしい絵が描けるかというと、全然そんなことはない。それと同じことなんだよね。

 

 昨年末、臨床心理士試験に合格したので、師匠である鈴木規夫さんに「臨床心理士資格を持っていないと参加させてもらえないEMDRのトレーニングなどに参加しようと思っている」という話をしたところ、「臨床心理士の人たちって、やたらスキルをつけることにばっかり熱心だよね」と言われた。そうそう、忘れてはいけない。さまざまな心理援助スキルもただの道具でしかない。何より大切なことは、自分の中身をしっかりと確立すること、そしてその道具を使って自分が世界に何を顕していくかなのだ。語るべきものが何もないのに、立派な道具だけ取り揃えてやったつもりになっていてはならない。手段を目標にしてしまわないことが大事だ。

Shima * Life * 12:29 * - * - * pookmark

内戦

夢を見た。

 

SLが走っている街に仲間と旅行に来ている。外は戦争状態で危険なので、ホテルにこもって安全を確保している。

 

現地ガイドの女性が「ここでは戦う事と身を守ることのためにお金とエネルギーと時間のすべてが使われています。みんながお金とエネルギーと時間をウェルネスのために使うようになったら、世界は変わるのに」と話した。

 

すると仲間が即席の撮影セットを組み立てて、名物のお饅頭の写真を撮り始めた。「ん?お饅頭?ここって日本なの?」と思ったところで目が覚めた。

 

日本はいま戦争状態にはない。しかし、所属集団同士の利害関係をめぐる戦いはますます勢いを増しているように思う。いまだ戦争はなくなっていないのだ。自分のウェルネスを追及することは、自己中心的であるとして後ろ指をさされ、他者のために尽くすことが美徳とされる。自分が所属する集団、国や地域や会社や学校や家族のウェルネスのために、個人のウェルネスを犠牲にすることを強いられる。公共のウェルネスのために自身の在り方を押しつぶされてしまわないために、せめぎ合いが続く。

 

自国 対 他国の戦いから、所属集団 対 他集団の戦いへ、そして、自分 対 他者の戦い、最後には自分自身の中での戦い(理性 対 欲望など)・・・戦いはだんだん内側へと潜り込んでいって見えなくなるが、延々と続いている。表面上は平穏なように見えていても、みんな毎日なにかと戦うことにお金とエネルギーと時間を費やして生きている。内側には得体の知れない不安が渦巻き、焦燥の炎がブスブスとくすぶり、生存のための戦いが続く。戦いをやめるという選択肢には気づかない。

 

去年、高野山に行ったとき、宿坊で風呂上りに「無敵」と書かれたTシャツを着ていたら、お坊さんに苦笑された。「無敵」というのは、敵となる存在がいないくらい強いという意味だが、「戦わないから敵がいない」という意味で「無敵」を掲げるのはどうだろう?

 

マインドフルネスが流行る一因は、不安や焦燥から離れた穏やかな状態になり、自分の中の内戦を一時的にストップできるからなのかもしれない。昔、スコット・マンデルカーさんが「瞑想をリゾートにしてしまう人が多い」と嘆いていたなぁ。

Shima * Life * 12:35 * - * - * pookmark

2018年

 今年は土のエネルギーが強い。土のエネルギーの強さにうながされ、身体づくりや、地盤固め、新しい体勢の骨組みづくりなどに取り組むことになる。

 

 古代マヤでは太陽は日没とともに死に、死の世界であり、叡智の眠る世界でもある地中を通り抜けて、夜明けとともに生まれ変わり、天に昇って地上世界の者たちに生命力を与え、育て、実りを与えて、また日没の死へと向かうとされた。昼、人は天の太陽から生命力をもらって活動し、成長し、収穫を得る。夜、人は月に癒されて眠り、眠っている間に地からの叡智を受け取る。今年に入ってから、やけに眠いという話をきくが、地のエネルギーが強まっていることと関係しているのだと思う。

 

 眠っている間、脳は起きている時よりも活発に活動しているらしい。意識があって何かを考えているとき、脳は局部的にしか活動していないが、眠っている時は脳のすべての領域に渡って活動が見られるそうだ。人が何か物事について考えるときは、その事象に関わりのある項目を意識上に出し、過去の経験を踏まえて、それらの関係性から考えて適切な答えを出そうとする。そのため、脳の関係する部分のみが活動する。眠っているときは、脳の中にあるすべての情報を総当たりでぜんぶ組み合わせてみて「あたり」の答えがでるまでひたすら試行錯誤を繰り返す。それで脳の全領域が活発に働くこととなる。だから、前の晩に考えて考えて考えても良い答えが見つからなかったのに、朝起きてみたらすばらしい答えがひらめいたなどということが起こる。人は起きている間中ずっと情報を脳に送り続けるが、寝ている間に、不必要な情報は削除され、必要な情報だけが残される。同じ刺激が何度も繰り返し与えられると、新しい神経ネットワークが構築される。そうやって、情報処理速度が上がる用、脳内の整備が行われる。

 

Shima * エネルギー * 20:30 * - * - * pookmark

エネルギーバランス

丹田は生体内のエネルギーを配分するエネルギーセンターで以下の3つがある。

 下丹田: 生命力や闘争のエネルギーを司る(へそのちょい下)

 中丹田: 楽しさや愛のエネルギーを司る(ハート)

 上丹田: 叡智のエネルギーを司る(眉間)

 

 例えば、試験勉強するときは上丹田:中丹田:丹田のバランスが85:5:10、デートのときは10:70:20、温泉でゆっくり休むときは5:45:50・・・というように、各丹田の出力を調整して、エネルギーをその時その時の状況に合わせて最適化する必要がある。

 

 ところが、この切り替えがうまくできず、1年365日、会社に行っても家にいても同じエネルギーバランスで過ごしてしまう人が意外と多い。例えば、会社でライバルと戦っているエネルギー状態で家に帰り、そのままエネルギーの切り替えができないと、家族に対しても攻撃的になってしまったり、過剰なセックスに走ったり、攻撃が自分に向かってアレルギー症状が出てしまったり、ゆっくり休めなかったりといったことが起こってくる。日本でサラリーマンをしていると、どうしても闘争のエネルギーが強くなってしまう傾向があるようだ。仕事終わりとともに、すぐにエネルギーを切り替えて家路につける人がどれくらいいるだろうか。切り替えに時間がかかるために、どこかで一杯やったり、コンビニや本屋で移行時間を取らないではいられない人も多いのではないだろうか。

 

 私は基本的に「すべてクライエントの中の叡智にお任せして、そこで起こるべきことが起こる場を保持するだけ」というスタンスでセッションをしているが、エネルギー状態の切り替えについては、ここ1か月くらいもれなく全員にエネルギーの自動調整がなされるよう設定をするようになった。その場に応じてパッパパッパと最適なバランスに切り替えができると、作業効率が非常に上がる。マルチタスクでの負担はここの部分に由来する所が多いだろうし、ちゃっちゃと切り替えて片づけることができれば「あとでやろう」と先送りする必要がなくなる。設定したクライエントさんたちからは、仕事がしやすくなったとの報告が届いている。

 

 ただ、切り替えが簡単になっても、エネルギーの総量、滞り箇所、質の向上などの問題については別途改善する必要があるので、そっちの方はけっこう時間をかけてやらないとダメな場合も多い。

Shima * エネルギー * 18:36 * - * - * pookmark

自由の時代

 身体の無意識の緊張を解消すると、自然に良い姿勢になる。「良い姿勢にしなさい」と言われて、意識して良い姿勢にしようとする場合、無意識に緊張しているところはそのままで、逆方向に筋肉を緊張させてひっぱることになるため、結果的に緊張している部分が増えてしまう。もし、その緊張が気にならなくなって定着するまで続けたら、緊張が固定して身体は柔軟性を失う。そのうちにどこかに痛みが出てくる。力づくで理想的な身体の形にもっていくバキボキ系の整体なんかも同じこと。大事なのは、心身の呪縛を解消して自由にしてやることだ。それによってクライエントは自己治癒力を回復し、自分を整えて成長していく。

 

 むかし「巨人の星」というスポ根アニメが流行った。親の期待に沿い、我慢して苦労して努力して、社会から認められるヒーローになっていく物語。主人公は、世間様が良しとするすばらしい何者かになるために、自分の限界と戦う。

 

 いまは「ワンピース」という海賊アニメが流行っている。自分のありのままを生かし、社会的制約など気にせず、自由に生きることを貫く物語。主人公は、自分らしく生きて夢をかなえるために、自分を支配したりコントロールしようとする外の者と戦う。

 

 私がエネルギーワークのベースに使っているCraniosacral Biodynamics Therapyで、セラピストはクライエントの内より立ち上がるSomething Greatにすべてをゆだね、その手先となって場を保持する。クライエントの内なる叡智が自由に「いまここで起こるべきことを成す」のを見守るだけだ。このアプローチは過去の呪縛を解き放ち、この新しい自由の時代を生きようとする者にとって最適だと思う。逆をいうと、古い時代のやり方がお好きな方には向いてないってことになるけどw

 

Shima * Life * 18:50 * - * - * pookmark

身体化

 いくつもの具体的な体験から共通するものが抽出されて概念が形成され、そこから理論ができあがる。本屋には先達によるさまざまな理論の本が並んでいるし、最新の理論は論文として公開されている。知識としてそれらを取り込むのは簡単だ。しかし、それを日常での実践につなげて活用できるようになるのはなかなか難しい。

 

 理論から日常的な体験へ、抽象 ⇒ 具体という逆方向のプロセスをたどるとき、「腑におちる」体験が必要になる。情報を伝達する脳神経系と身体感覚がつながって「ああ、こういうことか」とわかること。頭で理解しているだけでなく、身体で感じて応じることができる、すなわち知識が身体化されている必要がある。

 

 脳神経系の活性化や身体感覚の鋭敏化が充分になされていないと、身体でそれを再現することが難しい理論もある。不適切な認知によって妨害を受ける場合もある。意識の発達支援をなさっている方や、コーチングをなさっている方たちが、いま盛んにボディ方面からのアプローチを併用するようになってきているのは、そこの部分なのだろう。頭と身体をつなぐところをサポートすることで、具体化を推進して実践へとつなげる。

Shima * - * 10:25 * - * - * pookmark

なりたいものになっていく

 ここ最近のクライアントさんたちを見ていてよく思うのは「人はみんななりたいものになっていくものだなぁ」ということ。時期がくれば放っておいても自然と花が咲くように、なりたいものへと変容していく。

 

 自分がどうなりたいのか、明確なビジョンを持っているということは、ブレずに自分らしく生きていくために大切だと思う。物事を極めるにはだいたい1万時間かかると言われている。日々の生活を維持しつつ、1万時間も投入しようとすれば、どうしたって10年はかかる。10年後、自分がどうなっていたいのか、そこのところをハッキリさせて、今から種を蒔いておいた方がいいだろう。

 

 レストランに入っても注文をしなければ何も出てこない。そんなの当たり前。なのに、人生に関しては、具体的なオーダーを出さずに「何かいいことがあるといいな〜」みたいに漠然と考えてるだけの人が意外に多い。レストランに入って「お腹空いてるし、何か美味しいものが食べたいな〜」と思っているだけでは何も出てこない。店員さんを呼んで「五目焼きそばと春巻きを下さい」とかハッキリ口に出して言わないと! 

 

 同じ場所に居て、同じ事をしていても、それぞれ自分の中に取り入れるものが違う。無意識に情報を取捨選択し、自分が焦点化している事に関するものが集まってくる。そこのところを明確に意識し、周りにも宣言しておく。「オーダーを出しておく」というのはそういうことだ。それによって、さらに多くの情報が自分の下に運ばれてくることになる。現代において情報は力となる。必要な人間関係もつながっていく。

 

 人が進化・成長するときには、challengeとwillとsupportの3つが必要と言われている。challengeは何としても乗り越えなければならない試練が与えられている状況。willは何としても自分をバージョンアップさせたいという強い意志。supportはその人の変容を支え助ける周囲の人々や家族、セラピスト、コーチ、リソース、環境など。この3つがパチッとそろった瞬間に花が咲きはじめる。

 

 「supportなんかいらない、自分の努力だけで何とかする」とがんばる人もいるが、人は無意識に「変わらないためだったら何でもする」くらいの勢いで、変わらないことを選んでしまう。古い自分を死なせて、新しい自分に生まれ変わるという変容のプロセスに身を投じることは大変な恐怖である。無意識にそこを回避して、本来進むべき成長の道とは見当違いの方向で努力を続け、エネルギーと時間を費やすことで安心してしまう人も多い。だからこそ、いまの自分の状態を客観的にみてフィードバックしてくれる鏡となる第三者のsupportは必須となる。

Shima * Life * 10:35 * - * - * pookmark

目的と手段

 目的と手段を混同しないこと。

 

 十代の頃、国連英検A級の試験を受けたことがあった。筆記はパスしたが、面接で一度落ちた。国連英検A級の面接試験では、自分の専門分野について面接官に語る必要がある。すなわち、スキルとしての英語を使いこなす能力だけではなく、それを通じて自分が何を世界に発信したいのかを問われるのだ。その時、自分の中に語るべきものがないことにショックを受けると同時に、英語はひとつの手段であって、目的ではないことを思い知らされた。英語のスキルがどんなに上達したところで、中身が空っぽでは意味がない。大事なのは中身の方だ。

 

 新しいスキルを身に着けようとするとき、いったんはそのスキルを身に着けることが目的となるステージを通過する。しかし、そのまま手段を目的にすえてしまってはいけない。例えば、スポーツは心身の健康を維持し、よりよく生きるための手段のひとつである。ところが夢中になりすぎると、スポーツ自体が目的に替わってしまうことがある。そうなると、充分な休息をとらず、身体が壊れて動かなくなるまで酷使したり、精神のバランスを崩すほど強いストレス状態に身を置き続けて、一生消えないトラウマを背負いこんだりするようなことが起こる。心身の健康の維持が目的であれば、十分な休息をとるとか、栄養たっぷりの食事をとるとか、身体を冷やさないようケアするとか、健康増進のための他の手段にも目が行くが、スポーツ自体が目的になってしまうと他のことには目もくれなくなってしまう。

 

 勉強とか、お金とか、素敵な家とか・・・・本来は人生を深めてよりよく生きるための手段であったものが目的と化してしまって、人生を狂わせている例には枚挙にいとまがない。もっと言えば、「悟り」すらも、手段でしかない。手段を目的にすえて生きると、本末転倒になってしまう。

Shima * Life * 16:18 * - * - * pookmark

ファーザースカイとマザーアース

 天から地へ、地から天へ。下降するエネルギーと上昇するエネルギーのふたつが人の身体の中を通っている。ファーザースカイの天のエネルギーは頭頂の第7チャクラから入って、第6(眉間)、第5(のど)、第4(ハート)、第3(太陽神経叢)、第2(へそ)の各チャクラ(エネルギーセンター)にエネルギーを与えながら下降し、最後には会陰の第1チャクラから出て地球の中心へと降りていく。マザーアースの地のエネルギーは第1チャクラから入り、第2、第3、第4、第5、第6チャクラにエネルギーを与えながら上昇して、最終的に第7チャクラから天へと昇る。

 

 第4チャクラ=ハートチャクラは上から数えて4番目、下から数えても4番目。ここでファーザースカイのエネルギーとマザーアースのエネルギー、すなわち天と地がバランスし、父性と母性(男性性と女性性)が交わり、無条件の愛が生まれる。

 

 第1チャクラは1次元、第2チャクラは2次元、第3チャクラは3次元というように各チャクラは次元に対応している。1・3・5・7の奇数の次元は形のある世界。2・4・6の偶数の次元は形のない世界。ついでにいうと、オーラ層も各チャクラに対応するため、奇数層は形がハッキリしており、偶数層は形がなくて奇数層間の隙間を埋めている感じになる。人はいろいろな次元へと何度も転生を繰り返すが、各次元でのメインテーマは、その次元に対応するチャクラのひとつ上のチャクラが統括するエネルギーをバランスすることとなる。つまり、3次元の地球世界に生まれた者たちのテーマは、第4チャクラのハートセンターを開き、無条件の愛を体得することにある。

 

 一生懸命に自分育てをしている人は上昇のエネルギーが強い。上昇のエネルギーは個人の3つのボディ(グロス・サトル・コーザル)の発達と関係している。グロスボディ(肉体)は地に属し、それを土台にしてサトルボディ、コーザルボディが発達していく。下降のエネルギーは、天からの恩恵を受容するもの。「発達は自身の努力によって成されるもの」という意識が強すぎて受け取ることが苦手な人は、下降のエネルギーを受け入れられず、結果的に両極をバランスさせることが難しくなってしまう。

Shima * エネルギー * 10:58 * - * - * pookmark

自然の恵み

 自分自身で食物を採って(獲って)食べる体験を充分にしているかどうかが、潜在意識レベルで、生き方に大きな影響を与えているのではないかと思う。採取活動を充分にしていると、食物が自然の恵みであることを身体が覚える。食物と自然が無意識のレベルでつながる。食物という生命を維持するのに欠かせないものが自然とつながっている場合、自分を取り巻く自然環境が安定して存在している限り、身体は生命の危機を感じない。

 

 しかし、その経験がない場合、食物はお金によってもたらされるものとなる。食物とお金が無意識のレベルでつながっているから、お金がない、お金が稼げない、お金が使えないなどの状況になると、それがそのまま生命の危機につながってパニックに陥ってしまう。お金と自分の生命が無意識のレベルでがっちりつながっていると、貨幣経済の、フラットランドの檻から抜け出ることが難しくなる。自分ではお金に縛られていないつもり、自由であるつもりでいても、潜在意識レベルでは生命の危機とつながったお金を切り離すことができない。

 

 山菜採り、栗拾い、芋ほり、潮干狩り、魚釣りなどをして、自分で調理して食べるという原始的な人間が日常的にやっていたような経験をできるだけたくさんする事が、お金に囚われた自分を解放するために必須なのではないかという気がする。

Shima * Life * 17:59 * - * - * pookmark
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